名古屋市内、某公園。
待ち合わせ場所に男は颯爽とやってきた。
こんな所を待ち合わせ場所にしてもらってすいませんね。ココ、思い出の公園なんですよ。
そう話す彼の名前は『無吉』。
借金を誰にも内緒で返済している債務者だ。
借金からずっと目を背けていたんですが、一年前にこの公園で目を覚ましたというか目を覚まさざるを得なかったというか…僕が借金と初めて向き合った公園なんです。
彼は一年前まで、自分が多重債務者だということに気付かないフリをして生活していたようだ。
そんな彼がなぜ借金と向き合えたのか?1年前にこの場所で何があったのか?その真相に迫る。
【語り】無吉
一年前、ついに首が回らなくなった
無吉は一年前の借金と向き合った頃を振り返る。
ちょうど1年前、クレカのキャッシングの枠がMAXでとうとう自転車操業も出来なくなったんですよ。支払いどころか生活費すら足りないので、ありとあらゆる手段を使いましたね。
その手段の一つとして興味深いのが、クレジットカード一体型の銀行のカードを自ら折ったことだ。
まずね、銀行のカードを折るんですよ。銀行にお金は入っていないしクレカも限度額一杯で使えないけど、あえて折ることでたまたまお金が引き出せなくなった人を演出するんです。
無吉はそう語る。
確かにカードの不具合や破損でお金が下ろせないと言っている人には簡単にお金を貸してしまうかもしれない。
今思えばそれが全ての始まりだったんですよね。
いったい、無吉の身に何が起きたのか…
月末はギリギリの残金
あの時はちょうど31日に出張だったんです。数日前にもらっていた出張の仮払金で、27日払いの借金の請求を何とか支払っていました。
31日が給料日だから出張の仮払い金を使っても昼には給料が振り込まれるはずなので、出張に行く交通費さえあれば何とかなるなって思って、人に借りてた分のお金も仮払金で返済していました。
自分のことを良く知る人に借りたお金は、給料日前に返せば怪しまれにくい。
そう話す無吉の目には心なしか涙が浮かんでいるように見えた。
なにやら思い出すだけでもこみ上げてくるものがあるようだ。
出張先に着いてからそのまま仕事をして、交通費を使っても3千円くらいは残ってたからそのまま飲みにいったんですよね。
3千円しかなくて飲みに?少し、雲行きが怪しくなってきた。
回想
時は少しさかのぼり、無吉がカードを折った時の話。
追いつめられてカードを折った無吉は妻や職場の人に『カードが折れちゃってお金がおろせないよー』と言ってお金を借りて回った。
そしてそのままでは不便なので銀行にカードの再発行をしに行った。
後に無吉はこの頃の行動を『あの頃の僕、ちょっと頭おかしかったんですよね』と語っている。
当時の無吉は通帳レスだった。
web通帳のみで紙の通帳は持っていなかった。
再発行の手続きの際に窓口の人に『通帳でお金をおろせるか』と聞いた所、『当行のATMであれば可能』との返答をもらったという。
カードは届くまでに1週間程の時間を要するため、給料日には間に合わない。『今回は通帳でおろせばいい』と思った無吉は通帳を発行してもらった。
通帳とカードの再発行手数料2.160円を支払って。
飲みに行くも研ぎすまされた五感
話は3千円を握りしめて飲みに行った時に戻る。
そのまま飲みにはいったものの、僕は今までにないくらい冷静でした。3千円しか持っていない上にクレジットカードはない。
『一歩でも(注文を)間違えたら終わる』。
そう思った僕の五感は今までにないくらいに研ぎすまされていました。
カードは再発行待ちなので、通帳でおろすのに手間がかかるのは分かるが、そこまで慎重になるのであれば先にお金を下ろせばいいのではないか?と思うのだがどうだったのだろうか。
確かにそう思うかもしれませんね。ただ、銀行のATMの設置されている場所を調べたところ、職場と飲み屋さんから結構距離が離れていたんです。
お金はないけど欲望を優先させたんですが、飲みながらも銀行(ATM)の営業時間はきちんと調べていたんです。
それであれば問題はないはずだが、涙がこみ上げてくるほどのなにかがあったのだろう。
ええ。じつはそうなんですよね…あっ!!
ふと公園の反対側のベンチに目をやる無吉。
あー、懐かしいですね。たしかこのベンチです。本当に懐かしい。
何か思い出が?
寝たんですよね。ココで。
寝た?寝たと言うと昼寝かなにか?
いやいや、昼寝じゃないです(笑)。野宿したんですよ。ココで。
野宿…?無吉の身にいったい…なにが…
運命の瞬間
思い出のベンチに腰掛けながら、無吉はまたポツリポツリと話はじめる。
銀行(ATM)の営業時間にはだいぶ余裕を持って行きました。3千円しかありませんでしたからね。ご飯も食べたのですぐにお金はつきました。
確か銀行の営業時間は21時くらいまでで、20時過ぎくらいには銀行のATMコーナーについたと記憶しています。
元々の予定であれば、あとは通帳を使ってお金をおろしてホテルを探して泊まるだけだったはずだが…
ははは、そうですよね。もちろん僕もそう思いました。でもね、不思議なことにおろせないんですよ。ATMに通帳は入れられるんですが、タッチパネルの『預け入れ』と『通帳記入』っていうボタンしか選べないんです。
ボタンが押せない?ATMが壊れていたりしたのだろうか…
ちょっと理由は分からなかったのですが、おろせなかったのでATMに備え付けの受話器で電話をしました。その電話で繋がったオペレーターさんに聞いてみたんですね。『お金がおろせないんです』って。
そうしたら受話器越しに言うんですよ。『通帳ではおろせません』って。その瞬間、一瞬で酔いがさめて全身の血の気が引きましたね。
その後、再発行の際に『当行のATMであればおろせる』と言われたことを説明をするが、できないものはできないということで諦めるしかなかった無吉は、先程の公園で野宿をすることになったようだ。
辛い記憶を思い出したことで我慢出来なくなったのか、無吉の目からはとめどなく涙が溢れていた。
今だから思う
当時を思い出し、無吉は語る。
当時は本当にボロボロで、支払いのお金をどうするかばかり考えてホテルの予約すらしていませんでした。
お金が無いうえにそんなことが重なって、野宿という結果になってしまいました。予約していても前払いだったら払えませんでしたけどね。
イルミネーションに彩られた華麗な夜の街を歩きながら無吉は続ける。
借金と向き合って1年たった今だからこそ思うのは、借金の返済というのに奇跡というものはほとんど起こらなくて、日々の積み重ねでしかないんですよ。
今後またお金の問題で辛くなったことがあるとしても、その時に思い出すのが「あの時たまたまギャンブルで勝って助かったからまたギャンブルで何とかする」とか、「宝くじ当たって何とかなったから今回も宝くじを買う」とか、自分の力ではどうにもできない神頼み的なことじゃなくて、「あの時にあそこまで節約できたから今回も何とかなる」とか、「あの時に1日お金使わなかったから今回も大丈夫。」という風に自分の力で何とかできると思えるようになりたいんです。
いずれまた試練が訪れたとしても、その時に思い出すのは『辛いことを乗り越えた過去の自分』でありたい。
そう話す彼の表情は希望に満ちあふれていた。
彼は言う。
急ぐのはいいかもしれないけど焦るのは良くないんですよ。急げば早く借金は無くなるかもしれないけど、焦っても悪影響しかありませんから。転んだりとか。
急いでもいいけど焦らず一歩一歩確実に。何だかんだ借金の返済にはそれが一番の近道なんです。
そう言いながら彼は夜の街に消えていった。
その足取りはかるい。
そんな無吉は今日も借金と向き合う。
いつの日か完済する日を夢見て。
- 【出演者】 無吉
- 【語り】 無吉
- 【制作】 無吉
- 【エンディング・テーマ曲】〈曲名〉サンサーラ〈作曲〉山口卓馬〈歌〉瀬川あやか
一年前の借金額 約130万円
今の借金額 約140万円
〜fin〜